本記事では、
・『52ヘルツのクジラたち』原作小説と映画の”違い”
・改変の意図と再構成のポイント
・映画オリジナル要素が物語に与える意味

を体系的に整理し、分かりやすく解説します。

※本記事にはプロモーションが含まれています。

実写化の評価

『52ヘルツのクジラたち』は完成度の高い実写化作品です。

原作の重要場面を丁寧に残しつつ、映画独自の再構成によって感情の深度が高まっています。

俳優陣の演技も強く、重いテーマを扱う作品でありながら視聴者を強く引き込みます。

一方で、映画では三島貴瑚が働かず生活できる理由が示されず、原作未読者には生活基盤の説明が不足している印象を与える可能性があります。

とはいえ全体としては、重厚なテーマを扱いながらも高い完成度を保った実写化と評価できます。

原作小説と映画の違い(ネタバレあり)

原作小説と映画の違い(比較表)

原作小説と映画の特徴を、まずは一覧表で分かりやすく整理します。

項目原作小説映画
三島貴瑚の生活費新名主税の父から高額な示談金を受け取り、大分での生活費に充てる示談金の描写なし。貴瑚が働かず生活できる理由が示されない
三島貴瑚の髪型具体的な描写なし現在・過去の時系列識別のため髪型を段階的に変更
虐待・ネグレクト描写幼少期〜21歳まで詳細に描写短い映像で強いインパクトを与える
52ヘルツのクジラの声を教えた人物美音子岡田安吾(アンさん)
新名主税の仕返し安吾を自殺に追い込むほどの仕打ち、長崎の母へ電話母を東京に呼びつけ強制的に安吾と対面させるなど残虐性が強化
三島真樹(貴瑚の弟)虐待構造を強める存在として登場登場しない
生島昌子(愛の祖母)後見人制度の助言を行う重要人物登場しない。役所調査は貴瑚と美春が担当
物語のトーン重苦しい描写が長く続く原作の重さを維持しつつ映像の迫力で強化

三島貴瑚の生活費の出どころ

原作小説

三島貴瑚は勤務先の専務・新名主税から暴行を受け、警察に保護されて病院へ運ばれます。

意識を取り戻した後、主税の父親(会社社長)と弁護士が示談を持ちかけます。

示談金額の具体的な記述はありませんが、「遠くへ移り住んでほしい」という条件が付いていることから、長期間の生活を支えられる十分な金額だったと推測できます。

貴瑚はこの示談金をもとに大分へ移り住み、生活費としていました。

目を見張るほどの示談金を提示され、わたしは了承して書類にサインをした。

引用元:町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』中央公論新社

映画

映画では示談金の描写が省略されており、貴瑚が働かず生活できる理由が提示されません。

原作未読者には生活基盤の説明が不足している印象を与える可能性があります。

三島貴瑚の髪型

原作小説

原作では、主役の三島貴瑚の髪型に関する具体的な描写はありません。

映画

演:杉咲花

映画版では、現在と過去の描写が頻繁に切り替わる構成になっています。

幼少期の虐待やネグレクト、義父の介護、アンさんとの出会い、家庭内DVなど、三島貴瑚の過去が現在と交互に提示されます。

本来であれば時系列が混乱しやすい構成ですが、本作では杉咲花の髪型が時期の識別に大きく寄与しています。

<杉咲花の髪型>

・〜21歳(虐待・ネグレクト・介護):ロングヘア(手入れされず伸びた状態)
・21〜25歳(アンさんとの出会い以降):ショートヘア
・26歳(現在):ベリーショート

三島貴瑚が受けた虐待

原作小説

三島貴瑚が幼少期から21歳まで受けてきた虐待、ネグレクト、義父の介護が詳細に描写されています。

原作では、彼女が長期間にわたり心身をすり減らしてきた過酷な生活が丁寧に記されています。

映画

映画では短い映像ながら、三島貴瑚が受けてきた虐待や介護の悲惨さが強いインパクトで描かれています。

ネグレクトの具体的な描写はありませんが、映像表現の力によって、彼女が置かれていた過酷な状況が十分に伝わる構成になっています。

52ヘルツのクジラの声を教えた人物

原作小説

52ヘルツのクジラの声を三島貴瑚に教えたのは美音子です。

美音子は貴瑚が家を出た後にルームシェアをしていた同居人で、夜中に泣いている貴瑚へドアの隙間から冷えたビールを転がしてくれるような、優しい女性として描かれています。

就職祝いには、52ヘルツのクジラの声が入ったMP3プレーヤーを贈り、貴瑚の心を支える存在となります。

映画

映画では、52ヘルツのクジラの声を教える役割は岡田安吾に変更されています。

美音子は登場しませんが、岡田安吾が抱える苦しみを和らげるエピソードとして自然に組み込まれており、映画の構成として違和感のない流れになっています。

岡田安吾に対する新名主税の仕返し

新名主税は、三島貴瑚が勤務する会社の若き専務で、5年前から同棲している婚約者がいます。

しかし婚約の事実を隠したまま貴瑚と交際を始め、婚約が発覚すると貴瑚に「愛人になれ」と迫ります。

新名主税が婚約していることを公表したのは岡田安吾だったため、主税は安吾に仕返しを行います。

興信所を使って安吾を調査し、戸籍上は岡田杏子という女性であり、安吾がトランスジェンダーであることを突き止めます。

原作小説

具体的な描写はありませんが、新名主税は岡田安吾を自殺に追い込むほどのひどい仕打ちをしたと示唆されています。

また、長崎に住む安吾の母へ電話をかけ、安吾がトランスジェンダーであることを伝えるという残酷な行為も行います。

映画

映画では、新名主税は長崎に住む岡田安吾の母を東京へ呼びつけ、男性として生活している安吾と強制的に鉢合わせさせます。

母の驚きと、泣き崩れる安吾の姿を「劇的な再会だったよ、お前にも見せてやりたかった」と楽しげに貴瑚へ語ります。

映画版では、新名主税の残虐性が原作よりも強調され、より悪質な人物として描かれています。

映画で省略された人物

三島真樹(弟)

原作小説

三島貴瑚が6歳の時に母親が再婚し、弟の真樹が生まれます。義父と実母は真樹を可愛がり、貴瑚への虐待が始まります。

原作では、真樹の存在が家庭内の力関係や貴瑚の孤立を強める要素として描かれています。

映画

映画では三島真樹は登場しません。

真樹は物語の本筋に関わらないため、省略は構成上の合理的な判断と言えます。

生島昌子

原作小説

愛(いとし)の祖母で、離婚後は別府で暮らしています。

物語の終盤で三島貴瑚と愛が彼女を訪ねます。

里親制度に詳しく、子どもを受け入れた経験も豊富にある生島昌子は、今後の生活に向けて三島貴瑚と愛へ適切な助言を行います。

<生島昌子からのアドバイス>

・いますぐに三島貴瑚と愛が一緒に暮らすことはできない
・まず母親の琴美から未成年後見人の権限を外す必要がある
・親権者の代わりとして、無職で血縁関係のない貴瑚では審査が通らない
・親類縁者である生島昌子が、愛の未成年後見人になるのが現実的
・2年後、愛が15歳になれば自分自身が申立人となり後見人の選任が可能
・その時点で三島貴瑚と愛の気持ちが同じであれば、一緒に暮らすことができる
・これからの2年間は準備期間として適切であり、冷静に判断できる時間になる

映画

映画では生島昌子は登場しません。

愛の今後の手続きや調査は、三島貴瑚と友人の牧岡美春が役所を回って進めます。

生島昌子の省略は大胆な変更ですが、映画の流れは自然で違和感なく構成されています。

改変の意図と再構成のポイント

・時系列識別の明確化(三島貴瑚の髪型)
・人物の役割統合(美音子→岡田安吾)
・残虐性の強化(新名主税)
・物語の焦点を「貴瑚と愛(いとし)の再生」に集中

映画版は、これらの再構成によって物語の焦点を整理し、映像作品としての流れを最適化しています。

あらすじ(ネタバレあり)

三島貴瑚の現在

大分県の海を望む丘の上の家で暮らしています。

この家は、貴瑚の祖母が晩年を過ごした場所であり、貴瑚自身も子どもの頃に何度か訪れた思い出の家です。

そこで、13歳で虐待を受けている少年と出会い、かつての自分を重ね合わせた貴瑚は、少年を救い出そうと行動を始めます。

三島貴瑚が受けた虐待

幼少期

三島貴瑚が6歳の時に母親が再婚し、弟の真樹が生まれます。

実母と義父は弟の真樹を溺愛し、貴瑚を来客用のトイレに閉じ込め生活をさせます。

声を出せば殴られ、食事も満足に与えられない日々が続きます。

ふたをした便器の前で体育座りをして眠り、ドアを開けてもらえる瞬間をひたすらに待つ。
壁の向こうでは豊かな、しかし触れられない団欒がある。
寂しさで狂いそうになって泣き叫べば乱暴にドアが開き、殴られた。

引用元:町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』中央公論新社

中学生から高校生

中学生以降は、洗濯や食事など家事のほとんどを貴瑚が担わされました。

高校卒業後は大手製菓会社への就職が決まり、独身寮で生活する予定でした。

高校卒業後

卒業式の前日、義父がトラックの単独事故で右足を切断し寝たきりになります。

実母は貴瑚を介護要員にし、貴瑚は昼夜を問わず3年間にわたり義父の介護を続けます。

義父はALSを発症し認知症の症状も現れ、貴瑚の精神は限界に達します。

病院で医師の説明を受けた際、母は貴瑚を罵倒します。

「嘘よ、嘘。絶対にこいつのせいよ。
あのひとじゃなく、こいつが病気になればよかった。
こいつが死ねばいいのに……!」
母は子どものように泣きじゃくって、わたしを指差しながら叫んだ。

引用元:町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』中央公論新社

アンさんとの出会い

病院を出た貴瑚は、抜け殻のように街をさまよいます。

そこで偶然、高校の同級生・牧岡美春と、その同僚である岡田安吾(アンさん)に出会います。

アンさんとの交流を通じて、貴瑚の人生は少しずつ正常な生活へと戻っていきます。

まとめ|映画『52ヘルツのクジラたち』の総評

映画『52ヘルツのクジラたち』は、児童虐待、ネグレクト、介護、DV、トランスジェンダー、毒親といった社会的問題を真正面から扱う重厚な作品です。

原作の重苦しさを忠実に再現しつつ、映画ならではの映像表現が加わり、物語の痛みがより強く伝わる構成になっています。

俳優陣の演技も圧倒的で、登場人物が抱える苦しみや再生への歩みを力強く支えています。

重いテーマを扱う作品ではありますが、視聴をおすすめできる完成度の高い映画です。

映画『52ヘルツのクジラたち』の基本情報

その声は、あなたに届く。

監督:成島出
出演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚、小野花梨、桑名桃李、金子大地、西野七瀬、真飛聖、池谷のぶえ、余貴美子、倍賞美津子、ほか
上映時間:135分
公開:2024年3月1日

【配信情報】

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※本ページの情報は2026年9月時点のものです。最新の配信状況は各配信サイトにてご確認ください。

小説『52ヘルツのクジラたち』の基本情報

本屋大賞第1位

著者:町田そのこ
出版社:中央公論新社
刊行日:2020年4月21日/文庫化:2023年5月(中央公論新社)