実写化の評価

映画『そして、バトンは渡された』は、原作からの改変が大きく、特に登場人物の性格が無個性に描かれてしまった点が目立ちます。

さらにストーリー再構成も冗長で緊張感に乏しく、観客を惹きつける力を欠いています。

豪華キャストを起用しながらも脚本と演出の稚拙さが露呈し、原作の既読・未読を問わず平凡で退屈な映画となってしまい、そのため最低評価としました。

作品概要と本記事のポイント

『そして、バトンは渡された』は瀬尾まいこによる小説で、主人公は親の離婚や再婚によって何度も名字や家族が変わる森宮優子です。

映画の主演は永野芽郁で、2021年10月29日に公開されました。

本記事では原作と映画の違いを徹底解説します。

映画『そして、バトンは渡された』の紹介

2つの家族。親たちがついていた命がけの嘘と秘密とは?

監督:前田哲
出演:永野芽郁、田中圭、石原さとみ、岡田健史、大森南朋、市村正親、ほか
上映時間:2時間17分
公開:2021年10月29日

小説『そして、バトンは渡された』の紹介

私には五人の父と母がいる。その全員を大好きだ。

著者:瀬尾まいこ
出版社:文藝春秋
刊行日:2018年2月22日/文庫化:2020年9月(文春文庫)

『そして、バトンは渡された』あらすじ(ネタバレあり)

作品概要|全体の流れ

森宮優子は、親の離婚や再婚によって何度も名字や家族が変わる少女です。

血のつながりのない親たちに育てられながらも、それぞれの家庭で愛情を受けて成長していきます。

物語の中心は、高校3年生の優子と3人目の父親である森宮さんとの生活が描かれます。

そして結末では、社会人となった優子が結婚式を迎える場面で物語はクライマックスを迎えます。

詳細| 家族の絆と結婚式までの道のり

物語は大きく前半(約7割)と後半(約3割)の二部構成になっています。

前半

前半では、高校3年生の優子と3人目の父親である森宮さんとの穏やかな生活が描かれます。

森宮さんは不器用ながらも誠実に優子を支え、彼女に安定した居場所を与えます。その合間に、優子の過去の家族構成や名字の変遷、生活の様子が順に語られていきます。

中でも二人目の母である梨花さんは自由奔放で行動力があり、優子の人生に大きな影響を与えます。

後半

後半では、社会人となった優子と結婚相手の早瀬君の物語に移ります。

森宮さんが意外にも二人の結婚に反対したため、優子はやむを得ず先に他の親たちへ結婚の報告をしていきます。

その過程で梨花さんの病気を知り、彼女が優子を森宮さんに託した直後に姿を消した理由を知ります。

優子は改めて、森宮さんとの生活が自分にとってどれほど大切なものであったかという真実に気づいていきます。

そして結末では、優子が結婚式を迎え、これまで育ててくれた親たちに見守られながら新たな人生へと踏み出す場面で幕を閉じます。

原作と映画の違い(ネタバレあり)

映画全体の雰囲気|過剰な「お涙ちょうだい」へ改変

原作小説

小説では、個性的でユニークな人物たちを中心に据え、血縁を超えた「家族の意味」を、静かにそして温かく描き出しています。

人物の掛け合いや背景が丁寧に積み重ねられ、読後に爽やかな余韻が残る構成です。

映画

一方、映画版は涙を誘う演出に過度に依存し、場面ごとに「泣かせ」を狙うことに終始しています。

お涙ちょうだいの場面を連ねることで観客の感情を直接揺さぶろうとしますが、結果として深みを欠いた単調なストーリーに陥ってしまいました。

特に後半で主要人物の梨花さんを唐突に死なせる展開や、最初の実父・水戸さんに会いに行く場面は、映画版独自の改変として「感動」を狙ったものですが、説得力を欠き違和感ばかりが残ります。

原作を壊す稚拙な演出に見えてしまいました。

主要人物の性格|無個性で平凡に改変

本作の主要人物は主人公の優子、森宮さん、そして梨花さんです。

ところが映画版では、この三人の性格が不自然に改変されており、最大の残念な改変となってしまいました。

キャストが永野芽郁、田中圭、石原さとみと適役だっただけに、この人物像の改変は原作の最大の魅力を損なっています。

優子

原作小説

小説版の優子は、優しくおとなしい一面を持ちながらも、環境の変化を柔軟に受け止める前向きさや、達観した強さを備えた複雑な人物です。

強さ・柔軟さ・繊細さを併せ持ち、普通なら苦労と感じることを苦労と思わない姿勢が多く描かれ、担任からも「一歩引いている」と評されるほど独自性のあるキャラクターです。

映画

一方、映画版の優子は「普通の良い子」として単純化され、複雑な背景や内面が十分に描かれていません。

愛想笑いを繰り返し、涙を流す場面が多い、普通の高校生として描かれています。さらに森宮さんを強く責める場面は、原作の優子では考えられない描写であり、大きな違和感を残します。

永野芽郁が演じているだけに、原作に忠実な人物像を期待した読者にとっては残念な改変に感じられます。

森宮さん

原作小説

小説版の森宮さんは、頭は切れるがどこかズレた行動を見せる人物で、性格もややきつめです。

例えば、優子が高校3年生の始業式の日には朝食にかつ丼を用意しながら、自分は「朝から揚げ物はいらない」とメロンパンを食べます。

また優子が落ち込んでいる時には「パワーをつけろ」と毎日餃子を作り続けるなど、独特な行動が目立ちます。

こうしたズレた森宮さんと、個性的で優しい優子との掛け合いが、小説の魅力の中核を成しています。

映画

一方、映画版の森宮さんは嫌みが取り除かれ、無難な「やさしい父親」として描かれています。好感度はやや上がるものの、人物像としての印象は薄くなりました。

「普通の良い子」として単純化された優子と、「無難な父親」となった森宮さんの組み合わせは、結果的に平凡なホームドラマに見えてしまい、原作のユニークさを失わせています。

梨花さん

原作小説

小説版の梨花さんは、自由奔放で行動力があり、優子に惜しみない愛情を注ぐ母親として描かれます。

優子にピアノを習わせたい一心で裕福な泉ヶ原さんと再婚し、また堅実な父親を与えたいと森宮さんと再婚するなど、娘のために積極的に動きます。

しかしその直後に家を出てしまうなど、時に無責任にも見える行動もあり、読者に疑問を抱かせます。
物語の終盤でその真意が明かされることで、彼女の複雑な人物像が浮かび上がります。

映画

一方、映画版の梨花さんは自由奔放さと行動力こそ残されていますが、わがままで悪女的な側面が強調され、人物像が過度に誇張されました。

同窓会で男性をあさる場面や、森宮さんとの結婚式当日に突然「実は子供がいる」と優子を紹介する場面など、原作にはない演出が加えられています。
これにより梨花さんの人物像は大げさになり、原作の繊細さが損なわれています。

石原さとみが演じているだけに、原作に忠実な描写があれば、より説得力のある人物像になったでしょう。

前半のストーリー構成|「みーたん」仕掛けの致命的欠陥

原作小説

小説では、高校3年生の優子と3人目の父親である森宮さんとのユニークな掛け合いを中心に物語が展開します。

その合間に、優子の過去の家族構成や名字の変遷、生活の様子が丁寧に語られ、読者は自然に彼女の背景を理解できる構成になっています。

映画

一方映画版では、高校時代の優子の場面と幼少期の優子の場面が、ほぼ1分ごとに切り替わるため、観客はどちらの物語にも集中できず、ストーリーの流れは寸断され続けます。

幼少期の優子は「みーたん」と呼ばれ、別々の物語として描かれながら、実は同一人物だったという仕掛けが用意されています。

しかしこの仕掛けはあまりにも浅く、原作既読者は言うまでもなく、未読者でさえ予告編やキャスティングの段階で簡単に見抜けてしまいます。

結果として「みーたん」という追加キャラクターは意味を持たず、映画独自の演出意図は完全に失敗に終わっています。

優子と早瀬君|結婚前はまさかのアルバイト

原作小説

小説では、優子は短大を卒業して栄養士の資格を取得し、山本食堂に正社員として就職します。

早瀬君も音大中退後しばらくアルバイト生活を送りますが、最終的にはフランス料理店に正社員として勤めることになります。

二人とも安定した職を得て生活の基盤を築いているため、結婚へと進む流れは自然で説得力があります。

映画

ところが映画版では、優子は短大卒業後に一流レストランへ就職するものの、伝統と格式に縛られた職場に馴染めず退職。
その後は「キッチン吉田」でアルバイトとして働く設定に改変されています。

早瀬君も音大を中退した後、中華料理店でアルバイトを続ける姿に描かれています。

アルバイトを否定するつもりはありませんが、二人ともアルバイトのまま結婚に踏み切るという映画版の設定は、現実味を完全に失い、結婚という人生の節目を軽薄に扱ってしまっています。

原作では「安定した職と生活基盤を持つ二人の結婚」という納得感があったのに対し、映画版では「不安定なまま結婚する二人」という違和感だらけの改悪となり、晴れ舞台の説得力を大きく損なっています。

映画のキャッチコピー|的外れな誇張

映画のキャッチコピーは「2つの家族。親たちがついていた命がけの嘘と秘密とは?」とされています。

まず「2つの家族」という表現ですが、優子は離婚や再婚を繰り返す複数の親に育てられており、家族の形態は合計で7回変わっています

「1つ」は映画軸で描かれる高校生の優子と森宮さんの二人暮らしを指すとしても、もう一方がどの家族形態を指しているのかは不明です。

映画でも水戸さん、泉ヶ原さん、梨花さんらと生活する場面が描かれており、正確には「2つの家族」ではなく「7形態の家族」と表現するほうが適切だと感じます。

さらに「親たちがついていた命がけの嘘と秘密」とありますが、これは映画後半で亡くなる梨花さんを指しているのでしょう。

とはいえ、梨花さんが優子に隠していたのは自身の病気だけであり、それを「命がけの嘘と秘密」と表現するのは過剰な誇張だと感じます。
全体として、宣伝文句としては非常に的外れに思えます。

このキャッチコピーを校閲するのであれば、「7形態の家族。義母がついていた優しい嘘とは?」といった表現のほうが、作品内容に即しているように思います。

まとめ|期待を裏切る残念な映画

小説『そして、バトンは渡された』は本屋大賞をはじめ数々の賞を受賞し、読者から高い評価を得た作品です。

その実写化映画は、永野芽郁・田中圭・石原さとみと適役のキャストが揃い、多くの人が期待を寄せました。

ところが、数々の改変によって原作の魅力は削がれ、完成度の低い作品に仕上がってしまったのは非常に残念です。

映画単体で見ても、物語の方向性が定まらず「結局何を描きたいのか」が伝わりません。
感動を狙った演出ばかりが目立ち、原作が持つ余韻や深みは失われています。

結果として、この映画は期待を裏切る内容となりました。残念ながら鑑賞を勧められる作品ではありません。