実写化の評価

映画『ドクター・デスの遺産』は、基本設定こそ原作と同じく「安楽死を救済と捉える犯人」と「それを殺人として追う警察」という構図を踏襲しています。

しかし、映画版では安楽死をめぐる深刻なテーマが大幅に簡略化され、一般的な“犯人を追う刑事ドラマ”へと寄せられてしまいました。

さらに、尺の制約があるとはいえ、原作の大きな魅力である真犯人の人物像が浅く描かれてしまった点は惜しいところです。

豪華キャストが揃い、はまり役と思える配役であっただけに、平凡な刑事ものになってしまった印象は否めません。

以上の理由から、実写化作品としては最低評価としました。

作品概要と本記事のポイント

『ドクター・デスの遺産』は、中山七里による小説「刑事犬養隼人シリーズ」第4作です。

依頼を受けて患者を安楽死させる謎の医師を追うミステリーで、被害者不在の事件、生きる権利と死ぬ権利の対立、当事者たちの葛藤や苦悩といった重いテーマを扱った問題提起作でもあります。

2020年には、綾野剛と北川景子の主演で映画化されました。

本記事では、原作と映画版の違いをわかりやすく整理し、どの点が改変され、どの要素が失われたのかを徹底解説していきます。

映画『ドクター・デスの遺産』の紹介

その医師を、追ってはいけない――。

監督:深川栄洋
出演:綾野剛、北川景子、岡田健史、前野朋哉、青山美郷、石黒賢、柄本明、木村佳乃、ほか
上映時間:121分
公開:2020年11月13日

小説『ドクター・デスの遺産』の紹介

死ぬ権利を与えてくれ

著者:中山七里
出版社:角川書店
刊行日:2017年5月31日/文庫化:2019年2月(KADOKAWA)

『ドクター・デスの遺産』あらすじ(ネタバレなし)

警察側の視点|被害者がいない特殊な事件

警視庁に「悪い医者が父を殺した」という通報が入り、捜査一課の犬養と高千穂が調べたところ、自宅療養中だった末期がん患者・馬籠健一が“ドクター・デス”と名乗る人物に安楽死させられていたことが判明します。

被害者不在の特殊な事件ながら、警察は馬籠家のケースが氷山の一角と判断し、殺人事件として本格的な捜査を開始します。

調べを進めるうちに“ドクター・デス”は闇サイトを通じて依頼を受け、塩化カリウムを用いた安楽死を数年にわたり繰り返していたことが明らかになります。

捜査の結果、元看護師の証言から“ドクター・デス”が寺町亘輝という人物であることが判明し、寺町は逮捕されます。

しかし取り調べの中で、寺町は「自分は雇われただけ」と証言。

犬養は、彼の言葉から“本物のドクター・デス”の存在を確信し、愕然とするのでした。

ドクター・デスの視点|最期の救済措置

治療の手立てがなく、死の瞬間まで耐えがたい苦痛に苛まれる末期患者たち。

ドクター・デスは、日本では安楽死が違法であると理解しながらも、それを“医療行為のひとつ”と捉え、苦しむ患者に最期の救済を施してきました。

安楽死によって患者は苦痛から解放され、看護に追われていた家族は精神的・経済的負担から解き放たれます。

また報酬の20万円が実費程度であったことから、世間ではドクター・デスを擁護する声が強まり、彼を“救いの医師”と見る意見さえ生まれます。

物語終盤、寺町亘輝の証言により警察から指名手配を受けたドクター・デスは、逮捕される前に“最後の依頼人”のもとへ向かいます。

原作と映画の違い(ネタバレあり)

ドクター・デス|雛森めぐみの闇

ドクター・デスの正体は、元看護師の雛森めぐみ(37歳)です。

原作・映画ともに彼女が物語の中心に浮上するのは後半ですが、その人物像や“ドクター・デス”へと至った背景の描かれ方には大きな違いがあります。

原作小説

雛森めぐみは、5年前に勤務していた病院が廃業するまでは、ごく普通の看護師として働いていました。

病院の閉鎖後、めぐみは「無国籍医師団」に参加し、中東の内戦地帯で負傷者の治療に従事することになります。そこは薬も人手も不足し、常に危険と隣り合わせの過酷な環境でした。

戦場では、血の海、千切れた手足、露出した臓器が日常で、麻酔も鎮痛剤もないまま致命傷を負った患者が激痛にのたうち回りながら死んでいきます。

そこで患者たちが求めたのは“治療”ではなく“苦痛のない死”でした。

戦場では安楽死が、極限状況における正当な医療行為として受け入れられていました。

めぐみが初めて安楽死に手を染めたのは、彼女が深く敬愛していたアメリカ人医師ブライアン・ホールでした。

突然の空襲で致命傷を負ったブライアンは、白衣のポケットから注射器とアンプルを取り出し、めぐみに差し出します。「死ぬ権利を与えてくれ」

その言葉が、彼女の人生を大きく変えることになります。

3年後に帰国しためぐみは、戦場以外の場所でも“苦痛からの解放”を望む患者が多く存在する現実を知り、やがて“ドクター・デス”を名乗るようになります。

映画

映画版では、雛森めぐみは病院が廃業した後、国内でパート勤務を転々としながら生活しており、その頃から“ドクター・デス”としての活動を始めています。

しかし、彼女が安楽死に強くこだわる理由や背景はほとんど描かれず、原作で丁寧に掘り下げられた核心部分が省略されています。

そのため、映画版のめぐみは動機の深さが伝わりにくく、わかりやすい“悪役”として描かれる傾向が強くなっています。

原作にあった安楽死への思想が薄まり、人物像が浅く改変されている点が大きな違いです。

木村佳乃が演じているだけに、この改変は惜しまれるところでした。

ラストシーン|普通の逮捕劇に改変

ラストシーンでは、雛森めぐみが犬養に逮捕される場面が描かれますが、その展開は原作と映画で大きく異なります。

原作小説

雛森めぐみの最後の依頼者は、島根県出雲市に住む久津輪博信(48歳)でした。

久津輪は末期の膵臓がんで、本人の強い意思により安楽死を望んでいました。

大黒柱である久津輪が倒れたことで家計は傾き、残された家族にとっては保険金だけが唯一の希望となっていたのです。

長雨が続くある日、めぐみは久津輪の自宅を訪れ、安楽死を実行しようとします。

しかし家の中には、すでに犬養と高千穂が潜んでおり、めぐみを確保する準備が整えられていました。

その矢先、豪雨による土砂崩れが発生し、家屋が半壊。

めぐみと犬養、高千穂は軽傷で済んだものの、久津輪は梁が胸に突き刺さり、重傷で身動きが取れない状態に陥ります。

看護師であるめぐみは反射的に久津輪を救おうとしますが、肋骨が肺に刺さり、呼吸のたびに顔が鬱血していく危険な状態でした。

救急車の到着は早くても30分以上先。久津輪が耐えられるのは、あと10〜15分ほど。

呼吸そのものが拷問のような苦痛となり、死を待つよりも残酷な状況でした。

めぐみは久津輪の激しい苦痛を前に、安楽死の決行を決意します。

しかし犬養は、目の前で“殺人”が行われることを阻止しようと立ちはだかります。

激しい苦痛にあえぐ久津輪を前に、めぐみは犬養に注射器を差し出し、静かに告げます。

「3秒だけ待つ。それ以上は久津輪さんへの拷問になる。」

判断を委ねられた犬養は、苦悩の中で力なく肩を落とします。

めぐみは静かに言葉を続けます。

「これはわたしの背負う罪よ。あなたは関わらなくていい」
(中略)
苦悶に歪んでいた久津輪の顔が、見る間に安らいでいく。
これでわたしの仕事は終わった。

引用元:中山七里『ドクター・デスの遺産』角川書店

そして――めぐみは犬養と高千穂の目の前で、久津輪の安楽死を遂行します。

映画

映画版の雛森めぐみは、犬養から“ドクター・デス”を罵倒されたことを恨み、彼を殺すことを誓います。

彼女は、難病で入院中の犬養の娘・沙耶香に「あなたは父親に負担をかけている」と嘘をついて連れ出し、車で思い出の別荘へと向かいます。

犬養と高千穂が別荘に到着した時、めぐみは沙耶香に塩化カリウムを注入する準備を整え、そのスイッチを手に犬養を脅迫します。

さらに、油断した犬養を拘束し、「あなたは私を薄汚いと罵った」と告げて殺害しようとしますが、高千穂の機転によって阻止され、めぐみは逮捕されます。

映画版では、警察が正義として描かれ、めぐみは単純化された“悪役”へと改変されています。

原作の複雑な思想性や葛藤が削ぎ落とされているため、このラストシーンは原作ファンにとって残念な改変となりました。

まとめ|期待を裏切る残念な映画

小説『ドクター・デスの遺産』は、雛森めぐみの闇を軸に「安楽死は善か悪か」、「生きる権利と死ぬ権利」という重いテーマに踏み込み、強い問題提起を行う作品です。

映画版は綾野剛、北川景子、木村佳乃という適役のキャストが揃い、多くの観客が期待を寄せました。

しかし、数々の改変によって原作の魅力は大きく削がれ、結果として完成度の低い作品になってしまったのは非常に残念です。

シンプルな刑事ドラマとして視聴すればそれなりに楽しめるものの、原作が持つ深い闇や緊張感には遠く及ばず、テーマ性の重厚さも失われています。