実写化の評価
改変の多さと演出の不自然さが目立ち、原作の魅力を十分に活かしきれていません。
映画『藁の楯』は、10億円の懸賞金がかけられた凶悪犯・清丸国秀を護送する中で、一般市民から警察関係者に至るまで誰もが敵となり得る状況に追い込まれる物語です。
基本設定こそ原作に忠実ですが、映画版では現実味を欠く改変が多く、その結果として物語全体の説得力が大きく損なわれています。
唯一、清丸国秀を演じる藤原竜也の“救いようのない凶悪犯”としての存在感だけは際立っており、この一点が作品全体の評価を辛うじて支えています。
作品概要と本記事のポイント
木内一裕の小説デビュー作『藁の楯』は、警察と凶悪犯の護送を軸に、正義と倫理の揺らぎを描いたサスペンス作品です。
2013年に映画化され、物語はよりアクション性の高い形で実写化されました。原作の緊張感と倫理的テーマが、映画ではどのように再構築されたのか。
本記事では、原作との違いと映画版の評価を率直に解説します。
映画『藁の楯』の紹介
日本全国民が、敵になる――。
監督:三池崇史
出演:大沢たかお、松嶋菜々子、岸谷五朗、永山絢斗、伊武雅刀、藤原竜也、ほか
上映時間:124分
公開:2013年4月26日
小説『藁の楯』の紹介
木内一裕、小説デビュー作
著者:木内一裕
出版社:講談社
刊行日:2004年10月1日/文庫化:2007年(講談社文庫)
『藁の楯』あらすじ(ネタバレあり)
作品概要|全体の流れ
10億円の懸賞金をかけられた連続幼女暴行殺人犯・清丸国秀を、SPと警察が福岡から東京へ護送する物語です。
懸賞金の公告によって一般市民から警察内部に至るまで誰もが敵となり、護送チームは執拗な襲撃にさらされます。
極限状況の中で「守るべき正義」とは何かを突きつけられるサスペンス作品です。
詳細|怖いのは一般人ではなく、武装した警察官
10億円の懸賞金
首謀者は、清丸に7歳の孫娘を殺害された経済界の大物・蜷川隆興で、資産は数千億円ともいわれています。
蜷川が提示した10億円の懸賞金を得るための条件は次の2つです。
1. 清丸国秀に対する殺人罪、もしくは傷害致死罪で有罪判決を受けた者(複数可)。
2.その他、清丸国秀を死に至らしめたことが公的に認められた者(複数可)。
警察が条件2の解釈に苦慮している最中、清丸が福岡で出頭したことで、『福岡から東京への移送』が急遽始まります。
清丸の護送
警視庁警護課の銘苅(めかり)と白岩は、捜査一課の奥村、神箸とともに清丸の護送任務に就き、4人で福岡へ向かいます。
移送は高速道路からスタートします。
しかし位置情報が“キヨマルサイト”に即座に公開されるため、一般人だけでなく、護送にあたる警察官からも襲撃を受けます。
その後、銘苅たちは新幹線、レンタカー、タクシーへと移送手段を変えながら逃れようとしますが、キヨマルサイトは常に彼らの位置を追跡し続け、襲撃は止まりません。
次々に襲撃を受ける中で、移送メンバーたちは「人間の屑である清丸を命を懸けて守る意味があるのか」と葛藤しながらも、任務として護衛を続けます。
やがてメンバーは負傷・死亡によって次々と減っていき、最終的にただ一人残った銘苅が、満身創痍の清丸を東京の警視庁へと連れて行くことになります。
原作と映画の違い(ネタバレあり)
ラストシーン|幼稚な改変
銘苅が清丸を連れて警視庁本部へ到着する場面が、物語のラストとなります。
原作小説
小説では、この時点で10億円の懸賞金はすでに解除されています。
しかし、警視庁本部前に突然4WD車が突っ込み、降りてきた男が包丁で清丸の首筋を刺し、さらにとどめを刺そうとします。
銘苅は当初、任務として清丸を守ろうとしますが、その男が清丸の最初の犠牲者・西野めぐみちゃん(当時6歳)の父親であると知ります。
これまで一貫して清丸を守ってきた銘苅でさえ、「この男には清丸を殺す権利がある」と判断し、護衛を解除します。
映画
一方、映画版では、70代で心臓病を抱える首謀者・蜷川隆興が自ら姿を現します。
高級セダンから降り、ボディーガードを車内に残したまま、ひとりで清丸へ向かって歩み寄っていきます。
しかし足取りはおぼつかず、武器も杖に仕込んだ仕込み刀という心許ないものです。
まるで幼稚園のお遊戯会のような稚拙さが否めません。
案の定、清丸に触れることもできず、周囲の警察官にあっという間に取り押さえられてしまいます。
一体何を描きたかったのか。理解に苦しむラストシーンでした。
ラストシーン|大勢の警察官は見ているだけ
映画
小説には描かれていない、映画版で追加された場面です。
映画では、警視庁本部前に数百人の警察官が並び、銘苅と清丸の到着を待ち構えています。
しかし、首謀者・蜷川が姿を現し、清丸に向かってよろよろと歩み寄っていく間、誰ひとりとして動こうとしません。
蜷川が杖の仕込み刀を抜いた段階になって、ようやく警察官たちが反応し始めます。
本来であれば、首謀者の蜷川が姿を見せた瞬間に即座に確保するはずです。
それにもかかわらず、数百人の警察官が遠巻きに見ているだけという不可解な演出で、このラストシーンも理解に苦しむものでした。
白岩の改変|スキだらけになる
原作小説
小説の白岩篤史は、銘苅の後輩で警護課に所属し、銘苅とともに清丸の護衛にあたります。
年齢は30歳手前の若手です。
性格はやや軽いところがあるものの芯は強く、清丸を守ることに疑問を抱きつつも、任務は確実に遂行する人物として描かれています。
物語後半の襲撃シーンで、銘苅たちを守るために銃を手に立ち向かいますが、散弾銃の攻撃を受け、頭部を撃ち抜かれて命を落とします。
映画
一方、映画版では白岩は白岩篤子という女性に変更され、松嶋菜々子が演じるシングルマザーとして描かれています。
女性への変更はキャスティングとして悪くありませんが、問題なのは任務中の行動があまりにも“スキだらけ”な点です。
清丸の移送中、凶悪犯である清丸に対して何度も無防備に背中を向け、最後には田舎道で清丸と二人きりになった際、「あそこに誰かいる」と言われて再び背を向けてしまいます。
直後に背後から殴られ、あっさり銃を奪われ、その銃で撃たれて死亡します。
さらに、序盤から懸賞金10億円を欲しがる発言があり、新幹線の移送中には実際に清丸に銃を向けて殺そうとする場面まであります。
小説版の白岩篤史では考えられないほど軽率な言動が目立ちます。
加えて、白岩篤子が倒れた後、銘苅が彼女に寄り添う場面でも、銘苅は清丸に背を向けたまま・・・
清丸が襲撃してこなかったこと自体が不自然で、演出としての説得力を大きく損なっています。
タクシー運転手|急にいなくなる
清丸の移送の最終区間は、静岡県で乗車したタクシーで、運転手は由里千賀子です。
原作小説
小説の由里千賀子は30歳前後の、屈託なくよく笑う魅力的な女性として描かれ、銘苅も次第に彼女に惹かれていきます。
しかし、東京まで残り1kmという神奈川県内で清丸に首を絞められ殺害されてしまいます。
激怒した銘苅は清丸を殴り倒し、タクシーのトランクに押し込んだまま警視庁本部へ向かいます。
映画
一方、映画版で余貴美子が演じる由里千賀子は、銘苅たちを乗せて「料金はしっかり頂きますよ」と言うものの、次の検問地点では姿を消しており、その後も一切登場しません。
あまりにも唐突な退場で、観客は「由里千賀子はどこへ行ったのか?」と強い疑問を抱くでしょう。
料金を受け取るつもりなら目的地まで運転するのが通常であり、タクシーを残して自分だけ降りるという選択肢はまずありません。
あまりにも不自然な退場で、物語のリアリティを著しく損なっています。
サライヤ|実行犯の省略
映画は2時間という制約の中で再構成が必要となり、原作に登場する実行犯・サライヤは省略されています。
もっとも、この改変自体に問題はなく、首謀者である蜷川の存在だけで物語は十分に成立しています。
原作小説
小説のサライヤはプロローグとエピローグにのみ登場し、蜷川と対話する形でその存在が示されます。
エピローグでは「私が予想した以上の事は何一つ起こらなかった」と語り、物語の出来事がすべてサライヤの計画の範囲内であったことが明らかになります。
また、蜷川はサライヤについて次のように描写しています。
その男の存在感は圧倒的だった。自然と息苦しさを覚えるほどに。負の存在感とでも言うべきだろうか。
引用元:木内一裕『藁の楯』講談社
(中略)
蜷川は、ふと思った。
もしこの世に悪魔というものが実在するとしたら、こんな顔をしているのではないか、と。
まとめ|改変が残念な映画
小説『藁の楯』は、正義とは何か、国家と個人の倫理はどうあるべきかといった警察官の葛藤を深く描き、読後には重い余韻が残る作品です。
実写映画版は大沢たかお、松嶋菜々子、藤原竜也と豪華なキャストが揃ったものの、ラストシーンや人物像をはじめとする数々の改変によって原作の魅力が薄れ、作品としての完成度は大きく損なわれています。
映画単体で見れば、突っ込みどころの多いアクション作品として割り切るしかなく、積極的に鑑賞を勧められる内容ではありません。
原作の重厚なテーマ性を味わいたい方には、小説版の読了をおすすめします。